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放射線

放射線治療部門での医療事故とは?―報告から学ぶ教訓

医療事故の現状と背景

放射線治療は、がん治療をはじめ、さまざまな疾患の治療に広く利用されています。外科療法や化学療法と比べて低侵襲で、特に高齢者や体力が低下した患者にも適応できる点がメリットです。しかし、照射部位のミスや過剰照射などのミスが起こると、正常な組織に不要なダメージを与える可能性があり、医療事故のリスクが指摘されています。実際、平成16年から26年の10年間に48件の放射線治療に関する事故が報告されており、その多くは照射部位の取り違えや過剰照射でした。

(医療事故収集等事業 第40回報告書より抜粋)

放射線治療で発生する主な事故の種類

放射線治療での医療事故の事例としては、以下のようなケースが多く報告されています。

  1. 照射部位の取り違え – 左右を誤認して照射したり、誤った部位をターゲットにしたりするケースです。
  2. 照射範囲のずれ – 計画と異なる位置に照射が行われ、腫瘍を適切に治療できなかった事例。
  3. 照射範囲の過不足 – 治療の再開時に照射範囲の設定を忘れてしまうなどで、予定通りの治療ができない事例。
  4. 内部照射における線源の位置のミス – 内部に配置する線源や器具の誤配置による、照射範囲の偏り。

医療事故の背景と要因

これらの事故の背景には、主に以下のような要因が挙げられます。

  • 確認のルールの徹底不足 – 複数の医療者が情報を共有し確認する体制が整っていない場合、誤解や見落としが生じやすくなります。
  • 情報共有の不十分 – 他科医との連携不足や照射範囲の設定においてコミュニケーションが不足することで、照射部位のミスが発生しやすくなります。
  • 患者との確認不足 – 照射部位について患者との事前確認が不足し、異常に気付くタイミングが遅れることもあります。

外部照射と内部照射の事例から学ぶ

放射線治療の照射ミスは、大きく「外部照射」と「内部照射」に分類されます。それぞれの治療方法ごとに見られる事故事例と改善策を詳しく見てみましょう。

1. 外部照射の医療事故とその要因

外部照射は体外から照射する方法で、乳癌や前立腺癌などの治療に使用されることが多いです。この方法においては、照射部位の取り違えや照射範囲のずれがよく見られ、主な原因として「左右の取り違え」が挙げられます。CT画像の見間違いや、機器設定時に左右を誤認したことが原因です。

事故の具体例として、左右を間違えた照射の影響で腫瘍のある部位に適切な治療が行われなかった事例が報告されています。また、マーキングが薄くなり、照射部位がずれることもあります。夏場など汗でマークが消えやすい状態が続く場合は、マーキングの確認が特に重要です。

改善策としては、以下が推奨されています。

  • 毎回の照射前確認: 照射開始前には、放射線技師と医師によるダブルチェックを義務付け、照射部位や範囲の確認を徹底する。
  • 画像の見直し: 照射範囲や左右の確認が必要な際には、マーキングとCT画像との照合を再確認することが有効です。
  • ダブルチェックの制度化: チェックリストを作成し、複数名による確認体制を整備することが事故防止に役立ちます。

2. 内部照射の医療事故とその要因

内部照射は、腫瘍内部に線源を配置する方法で、特に前立腺癌や子宮癌の治療で使用されます。内部照射における事故は、線源やアプリケータの位置が誤って配置されるケースが多く見られます。

具体例として、線源を誤った位置に配置してしまい、治療針の挿入位置付近に皮膚潰瘍が発生した事例があります。これは、配置時に確認が不十分だったことや、治療計画システムの操作に不慣れだったことが原因です。また、治療計画での数値入力が誤っていたため、計画通りに照射が行われなかった事例も報告されています。

改善策としては、以下の取り組みが提案されています。

  • 定期的な教育とトレーニング: 治療計画システムの操作に関する研修を行い、医師や技師が最新の知識を常に学べるようにする。
  • 線源位置の再確認: カンファレンスで治療計画の詳細を複数の医療者が確認し、線源位置の適切性を再評価する仕組みを整える。
  • 確認用チェックリストの活用: 治療記録やチェック項目用紙を整備し、すべての項目が揃ったことを確認したうえで治療を開始する。

放射線治療における全体的な改善方針

放射線治療の安全性を高めるためには、患者の安全確保のためのシステム構築とスタッフ間の協力体制が求められます。

  1. システムのデジタル化とアクセス共有: 電子カルテや治療計画システムを一元化し、複数の医療スタッフがリアルタイムでアクセスできるようにすることが重要です。これにより、情報共有が円滑になり、ミスが発見されやすくなります。
  2. ダブルチェックと確認体制の強化: 治療計画、照射設定、照射中の経過確認など各段階で、ダブルチェックを行う体制を徹底することが必要です。
  3. 患者との信頼関係の構築: 患者自身にも照射部位や治療内容をしっかりと説明し、不安がある場合は確認できる場を設けることで、医療者と患者の双方で確認ができる環境づくりが推奨されます。

医療事故防止のためには、医療機関全体での協力が欠かせません。放射線治療に携わるすべてのスタッフが情報共有と確認体制を徹底し、より安全な治療環境を築くことが大切です。

具体的な改善事例と患者への配慮

放射線治療における医療事故防止のため、改善に向けた具体的な取り組みが各医療機関で進められています。患者の安全を守るためのルール整備や実践例を紹介します。

1. チェックリストとダブルチェックの徹底

医療事故の多くは確認作業の不足や思い込みが原因となっているため、放射線治療のすべてのプロセスにチェックリストを導入し、重要項目は複数人による確認を徹底しています。

  • 治療計画の確認: 治療計画書に基づいて照射範囲や部位の確認を行い、照射部位の取り違えがないようダブルチェックを実施。
  • 位置設定時の確認: 照射位置を正確に設定するために、CTやリニアックグラフィー(照合写真)での確認を行い、照射前に再確認を行う仕組みを整えています。

2. チーム全体での連携強化とカンファレンスの実施

医師、放射線技師、看護師の間での情報共有とカンファレンスの定期的な開催が重要視されています。特に、治療計画を立てる際に異なる専門家が意見を交わし、より多角的な視点で患者の状態を評価できる場を設けることで、確認ミスの防止につながります。

  • カンファレンスでの症例検討: 診療情報や治療計画をもとに症例を検討し、治療方針や照射位置の確認を行うことで、治療計画の誤りを防ぎます。
  • 電子カルテでの情報共有: 電子カルテの閲覧権限を拡大し、必要な情報を複数のスタッフが確認できるようにして、担当医以外でも異常を発見しやすい体制を整備しています。

3. 患者への説明と確認の強化

患者自身も治療内容や照射部位について十分に理解し、治療の進行に関する説明を受けられるようにしています。医療者だけでなく患者も確認に関与できることで、事故発生時に患者から異常が指摘されやすくなります。

  • 同意書への照射部位の明記: 患者が照射部位を確認しやすいよう、同意書に部位を明記したり、左右の取り違えが起こりにくいよう簡潔な図示を採用しています。
  • 治療前の説明と質問の場の提供: 治療内容や部位の説明をわかりやすく行い、患者が質問しやすい環境を整えることで、治療に対する安心感を高めると同時に誤照射の防止に役立てています。

放射線治療の未来と安全への取り組み

放射線治療における医療事故の報告からわかるように、安全な医療提供のためには、システムやルールの整備、スタッフ間の密な連携、そして患者との信頼関係の構築が不可欠です。今後、以下のような方向でさらなる安全対策が期待されています。

  1. 技術革新による治療精度の向上: AIを活用した自動照射システムや位置確認技術の導入により、照射部位のミスがさらに減少すると期待されています。
  2. 教育体制の充実: 放射線治療に関わるすべての医療者が、最新の知識とスキルを習得するための研修プログラムの充実が求められます。
  3. インシデントレポートの蓄積と共有: 他施設の事例から学ぶことで、同じミスが繰り返されないよう医療機関間での情報共有も重要です。

医療現場における小さな確認の積み重ねが、患者の命と安全を守る基盤となります。安全な放射線治療の提供に向けた取り組みを日々行い、医療事故ゼロを目指すことで、患者にとって信頼できる医療環境を築くことが求められています。

放射線治療の医療事故事例について、いくつか具体例を以下に紹介します。それぞれの事例では事故の発生要因と改善策が明示され、今後の事故防止に役立てられています。


事例1: 左右の取り違えによる照射ミス

概要
ある患者は左腸骨への転移があり、疼痛緩和を目的に放射線治療が行われました。CTシミュレーションによる治療計画を作成した際、担当医が画像上の「Rマーク」を右側と誤解し、その対側を左側として左腸骨と判断しました。しかし実際には、Rマークが左腸骨を示しており、右腸骨に対して治療が行われていたことが5回目の治療後に判明しました。

背景・要因

  • CT画像上での左右の判断が不十分であった。
  • 患者の放射線治療開始時に担当医の立ち会いがなく、確認システムが整備されていなかった。

改善策

  • 新規患者の初回放射線治療には医師が必ず立ち会うようにする。
  • 治療前にチェックリストを活用し、ダブルチェックを行う。
  • CT画像のマークが適切に左右と一致するように調整し、マークの誤認を防止する。

事例2: 照射範囲のずれによる治療ミス

概要
転移性の左副腎腫瘍の治療中、初回照射時に照射野の設定が6cm頭側にずれており、本来照射対象となる部位が照射範囲に含まれていませんでした。このため治療が継続され、予定とは異なる部位である肺に15回の照射が行われたことが後に発覚しました。

背景・要因

  • 診療放射線技師と医師のカンファレンスで照射野の中心位置を誤認した。
  • 初回照射時の位置確認が徹底されていなかった。

改善策

  • 初回照射時には放射線技師2名と医師が照射野を確認し、署名する確認体制を導入する。
  • 毎朝の照射前に照射野と線量を優先して確認し、位置のずれがないことを再確認する。

事例3: 内部照射での線源の位置ミス

概要
前立腺癌の患者に対する内部照射の治療中、治療針挿入部付近に皮膚潰瘍が生じました。調査の結果、治療計画に基づく線源位置が誤っていたため、予定外の部位に過剰照射が行われていたことが判明しました。線源の位置確認が不十分で、治療時にはずれが生じていました。

背景・要因

  • 線源位置の確認が治療計画システム上で不十分であった。
  • カンファレンスでのチェックが線源位置ではなく線量分布のみに集中していた。

改善策

  • 治療に関わる医師や技師に対して、治療計画システムの再教育を行う。
  • 治療計画と照射時の線源位置を確認するチェックリストを整備し、署名後に治療を開始する。

事例4: 照射範囲の過不足による腫瘍治療の失敗

概要
食道癌の治療で放射線照射が行われましたが、治療終了後に患者の右鎖骨上に腫瘤が確認されました。調査の結果、この部位のリンパ節が照射範囲から外れていたことが発覚しました。このため、リンパ節のみの手術を追加で行う必要がありました。

背景・要因

  • 治療計画作成時に、リンパ節の転移部位についての検査結果が反映されていなかった。
  • CTとエコー検査の結果を適切に照射計画に組み込むことができず、照射範囲の設定が不十分であった。

改善策

  • 治療計画時に、検査結果の齟齬がないか十分に確認し、コピー&ペーストを安易に行わない。
  • カンファレンスで不明点を確認しやすい雰囲気を作り、各医師が関与しやすいよう改善する。

これらの事例は、放射線治療において小さなミスが患者の治療に大きな影響を与えることを示しています。全ての医療者が正確な治療を提供できるようにするため、ダブルチェックの徹底、患者への説明、チーム内での連携強化が必須です。